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第93期 (2015年度)流体工学部門 一般表彰(フロンティア表彰)

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一般表彰(フロンティア表彰)


榊原 潤(明治大学)

受賞理由:

 スキャニングステレオPIVによる円形自由噴流場の三次元渦構造の解明や二色LIFによるレイリー・ベナール対流の温度計測等,高精度なレーザ計測を駆使した実験により,流体計測技術分野における先駆的な業績を挙げた.

受賞のコメント:

 この度は、日本機械学会流体工学部門一般表彰(フロンティア表彰)を賜り、誠に光栄に存じます.関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.

 受賞理由に挙げられたスキャニング・ステレオPIVや二色LIFの開発を手がけることになった契機は、小生が慶應大の4年生だった1990年にまで遡ります.当時の指導教員の前田昌信先生は、LDV開発や二相流への応用で成果を挙げていましたが、新たにPIVの開発を考えておられました.ある日、私が研究室に来ると、1枚の画像取り込みボードが自分の机の上に置かれていました.パソコンでプログラムを作るのが好きだった自分としては、とても高価なプレゼントを頂いたような気がして、すぐさまカメラをつないでソフトを書き始めました.今思うと、前田先生が置いた餌にまんまと食らいついたのが自分であったようです.このことを起点としてPIVを開発し卒業論文を書いた後、翌年にはもう一人の指導教員であった菱田公一先生から「蛍光染料で温度が測れるらしいぞ」と言われ、神戸大の中島健先生が書かれたレーザ誘起蛍光法(LIF)とLDVによる温度・速度の同時計測に関する論文を渡されました.すぐさまサークルの後輩で応用化学科の金光昭佳君からローダミンBを頂戴し、水溶液にレーザを当てたところ、温度が下がると蛍光が明るくなるのを確認しました.PIV用の粒子と温度測定用の蛍光を画像で捉えれば温度・速度を同時に2次元で測れるということになり、それが結果的に修士論文と博士論文における基盤技術となりました.

 こうしてPIVとLIFという2つのツールを手にした上で、前田先生の親友であるイリノイ大学のRonald J. Adrian教授の研究室に学振特別研究員として1996年から1年間弱滞在しました.Adrian教授は壁乱流やPIVの研究で有名ですが、レイリー・ベナール対流を対象とした研究も行っており、小生にはその温度場の計測をテーマとして与えて下さいました.高い温度分解能が必要であったため、当初は感温液晶で測定することを検討していたのですが、ダイナミックレンジの向上が見込めなかった上、Adrian教授からは是非ともLIFでやることを勧められたため、結局LIFを続けることになりました.しかし、レーザ光が熱対流場を通過する際に屈折するために、測定部分でレーザ光強度が大きく変動することが問題となりました.それを解決するべく、温度依存性の異なる2つの蛍光染料を用いて、2つの波長帯の蛍光を捉え、それらの比から温度を測定する「二色LIF」を開発することになりました.講義や諸業務もない身分であったため、それからの数ヶ月間すべてを計測法の開発に費やすことで、1997年初頭には二色LIFによる水温度の三次元計測を実現することができました.このとき書いた論文が、機械工学分野のみならず化学工学やマイクロTAS分野の論文からも広く引用されていることは、筆舌に尽くしがたい喜びです.その後、筑波大学で職を得てすぐにステレオPIVの開発を始め、二次元噴流や魚周りの流れなど、いくつかの対象の測定を行いました.ステレオPIVは速度3成分を測れる一方で、測定出来る領域はあくまでも2次元面内であり、3次元的に測るにはテーラー凍結仮説で時間を空間に置き換えるか、もしくは測定面を高速でスキャンする必要がありました.そのために必要な高速なカメラとレーザが欲しいと思っていたところで、九州大学の速水洋先生を代表者とする科研費基盤研究Aの課題が採択されました.この課題は、当時ようやく商用化された高速高解像度カメラや高繰り返しレーザを利用した流体の三次元計測を目的としており、小林敏雄先生(東大)、川橋正昭先生(埼玉大)、西野耕一先生(横国大)、岡本孝司先生(東大)と共に、小生も研究分担者として参加させて頂きました.九州大学の実験室の一部を使わせてもらいながら速水先生と荒巻森一朗先生(九大)に様々な面で助けて頂くと共に、筑波大院生だった堀俊夫君の類い希な情熱と努力により、スキャニング・ステレオPIVによる三次元速度計測システムの開発と噴流場の三次元計測を2003年秋に実現しました.翌年、その結果をLisbonで開かれた流体のレーザ計測に関する国際会議で発表したとき、それを見たDelft工科大のFulvio Scarano教授が強い刺激を受けたが故に、その数年後に最新の三次元計測法であるトモグラフィックPIVを開発したことは、後年になってScarano教授から聞くところとなりました.本研究の成果が他の研究へ波及したことは私にとっても喜ばしい知らせでした.近年では、サウジアラビアKAUSTに赴き、イリノイ大時代からの親友であるSiggi Thoroddsen教授と共同でスキャニングPIVとトモグラフィックPIVを併用したスキャニング・トモグラフィックPIVの開発と乱流計測を実施するなど、新たな展開を図っています.

  こうして振り返ってみると、LIF温度測定法もスキャニング・ステレオPIVも、諸先生方のアイデアに加えて沢山の人々の支えがあったからこそ開発できたのは言うまでもありません.研究を進めて行く上で人との出会いが如何に大切かを改めて知るところです.この受賞を励みに、今後も流体工学分野の発展に寄与して参りたいと願う次第です.


一般表彰(フロンティア表彰)


杉山 和靖(大阪大学)

受賞理由:

 オイラー型定式化を用いた流体構造連成シミュレーション手法を開発するとともに,その新手法を,赤血球,血小板,血管壁を弾性体として模擬した混相流体計算に適用し有用な知見を提示し,混相計算流体工学分野における先端的な業績をあげた.

受賞のコメント:

 この度は,流体工学部門一般表彰(フロンティア表彰)を賜り,大変光栄に存じます.ご推薦下さった方々,ならびに,共同研究者,議論をして下さった方々に感謝いたします.

 受賞対象テーマは,「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」のプロジェクトでの課題でした.チームの成果で,受賞はチームの手柄だと考えています.生体力学の研究分野で,流体と柔らかい構造物・膜との相互作用を容易に扱える計算手法が求められていました.また,後に「京」と名付けられた「次世代スパコン」の性能を引き出せる計算アルゴリズムも求められていました.元々,理化学研究所に,形が複雑な工業製品の流体計算を得意とするボクセルベースの計算ツールが揃っていました.並列計算に適した手法でしたので,それを拡張することで,柔軟な構造との連成を実現することが課題でした.私は松本洋一郎先生,高木周先生の指導の下,本テーマには2008年4月から参加しました.参加時点では,目標が具体的なわりに,あまりモノになっていない,という話でした.実際に始めると,定式から出発する必要があり,そこそこ手強いテーマだということがわかり,みんなで一緒に,頭を使ったり,文献を読み漁ったり,それなりの努力をしました.しかし,それまで私が携わってきた仕事の中では,極めてすんなりとコトが進みました.手法の根幹が定まるまでの期間は2ヶ月ほどに過ぎず,6月には動くプログラムが出来ました.「京」で血流計算を行えるようになるまでには,さらに数年の期間を要しましたが,学術研究での苦労話は,ほとんどありません(研究の本質から離れた場面では,「京」の注目のされ方が特殊だったこともあり,大変でしたが).順調だったのは,当時,優秀な研究者に囲まれていて,精鋭だけでプロの仕事をし合えたからです.環境に恵まれて,研究生活を楽しく送れて,議論をいっぱいして,成果をどんどん出せました.松本先生,高木先生が研究体制を作って下さったおかげです.先生方は,研究の議論では,特に論理的思考が必要な場面で厳しい一方で,仕事の進め方については柔軟でした.手っ取り早くあれこれ指示するタイプでなく,自由に考える機会を与えて下さりました.そのおかげで,自分で考える能力が鍛えられたと自覚しています.そのような育成法は相当忍耐強くなければ無理だと今の立場になって実感するとともに,当時の物分りの悪さ,および,現在の忍耐力の無さを反省しています.

 プロの研究者を続けて行くには,研究分野の発展に貢献できるよう精進し続けることが宿命だと考えています.それが立派かどうかというより,そういう職種だと捉えています.学生時代に研究を始めてから,若手と呼ばれなくなるまで,あっという間でした.今後,あっという間に体力や集中力が落ちていくのでしょうが,これまで,研究活動自体が苦痛だったことがなく,天職だと感じていますので,精進し続けることは楽観的に捉えています.ただし,本受賞テーマに携わり,異分野の方と一緒に研究をするようになってから,世の中は思っていた以上に広くて,流体工学が役立ちそうな問題が山積みだけれど,一人の努力だけで解決できることは,たかが知れていることを痛感するようになりました.流体工学は重要で,論理的で,奥深く,さらに,わりと食べていける研究分野です.学生時代に研究活動が自分に向いていると感じれば,新しいことに果敢に挑戦するなり,気負わずにコツコツやるなり,様々なタイプが居ても良いので,研究の世界にどんどん飛び込んでくれば良いのにと思っています.一緒に議論できる若い仲間が,もっと増えることを願っています.


一般表彰(フロンティア表彰)


瀬川 武彦(産業技術総合研究所)

受賞理由:

 国内でいち早くDBDプラズマアクチュエータの研究に取り組みこの分野の研究を牽引するとともに,DBDプラズマアクチュエータを用いた翼の非定常はく離の制御など,流体制御工学分野における先駆的な業績を挙げた.

受賞のコメント:

 この度は,流体工学部門一般表彰(フロンティア表彰)を賜り,大変光栄に存じます.ご推薦を頂いた先生方,一緒に研究に取り組んでいただいた共同研究者や技術研修生の皆様に対して深く感謝申し上げます.

  プラズマアクチュエータの研究を開始したのは,2004年度に日本学術振興会(JSPS)の特定国派遣研究者として英国のUniversity of Nottinghamに滞在したことがきっかけでした.当時 Prof. Kwing-So Choiのもとで博士課程の院生として在籍していたDr. Timothy Jukes(現Dyson)から,プラズマアクチュエータに関する様々な情報を教えていただき,自分でも流体制御素子として使ってみたいと思うようになりました.しかし,この研究に必要不可欠な高電圧電源の情報がありませんでした.そこで英国で行った実験の実測データを頼りに,日本国内のメーカーに問い合わせることから始めましたが,要求仕様や予算が厳しすぎたためか殆ど取り合っていただけませんでした.そのとき「面白そうだから」ということで唯一対応していただいたのが有限会社ピー・エス・アイの武川信也代表でした.低価格で使い勝手の良い電源を開発していただいた結果,国内でプラズマアクチュエータの研究が広がるきっかけになったと心から感謝しております.

 これまでのプラズマアクチュエータの研究は,基本的な流動特性の把握,円柱や翼周り剥離流れの制御といった基礎研究が国内外を問わず活発に行われてきましたが,私たちの研究グループでは流体機械に実装可能なプラズマアクチュエータの開発を行い,エネルギー効率を飛躍的に向上するための新しい流体制御技術の確立を目指しています.そのためには,プラズマアクチュエータの消費電力の低減,導電性を有する3次元表面へのフラッシュマウント技術,高温場適用など,解決すべき様々な技術課題が残されており,学術交流だけなく企業の方々との連携が必要不可欠です.そこで,2013年12月には深潟康二先生(慶應大),松野隆先生(鳥取大),野々村拓先生(JAXA宇宙研)とともに流体工学部門において「プラズマアクチュエータ研究会」を立ち上げ,委員としてご参加いただいている国内の企業,大学,国立研究機関の方々から貴重なご助言をいただいております.年齢的には中堅となりましたが,心の中ではまだ若手のつもりでおりますので,特に産業技術研究所の研修生として研究活動を開始した大学生・大学院生諸君に負けないよう,これからも頑張っていきたいと思っております.


一般表彰(フロンティア表彰)


富樫 盛典(日立製作所)

受賞理由:

 マイクロ流体デバイスの混合性能と化学反応生成物の収率向上機構を解析により明らかにし,かつ並列接続デバイスでの量産化にチャレンジするなど,マイクロ流体工学分野における先駆的な業績を挙げた.

受賞のコメント:

 この度は,流体工学部門のフロンティア表彰を授かり,大変光栄に存じます.関係者の皆さまに厚く御礼申し上げます.

  受賞対象であるマイクロ流体デバイスの研究は,私が10年前に当時の日立製作所の上司であった三宅亮プロジェクトリーダ(現東大教授)のご指導の下で実施した研究が発端となります.MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術等を活用して100μm程度の微細な流路を形成したマイクロ流体デバイスは,高速かつ均一に物質を混合できることが大きな特徴であります.従って,従来の大きな撹拌槽方式の装置に比べて飛躍的なプロセス革新(化学反応生成物の収率向上,品質向上,連続フロー処理,スピードアップ)と環境負荷低減(廃棄物低減や省エネ)を実現する事ができるため,マイクロ流体デバイスを導入する動きが活発化してきていました.このような状況の中で,マイクロ流体デバイスの実用化の壁になっていた以下の2つの課題を解決するため,これまで研究を続けてきました.第一の課題は,マイクロ流体デバイスの混合性能が,混合と反応の結果で生じる生成物の収率にどのような及ぼす影響が明らかにされていないということでした.そこで,私は混合と反応の両方の現象を乱数により解析できるモンテカルロ法を導入して網羅的な解析を行い,混合と反応の特性時間の比を表す無次元数であるダムケラー数と,逐次反応の反応速度定数比をパラメータとした無次元マップを作成しました.この無次元マップにより,マイクロ流体デバイスの混合性能がわかると,化学反応生成物の収率が予測できるようになりました.また,第二の課題は,複数のマイクロ流体デバイスの並列化による生産量増大の実証であります.理論的には,並列化したマイクロ流体デバイスの数に比例して生産量を増やせることはわかっていましたが,実際に20個のマイクロ流体デバイスを並列接続した装置で,デバイスの数が増えても化学反応生成物の収率を低下させることなく,生産量を増やせることを実証することに成功しました.今後もフロンティア表彰の名に恥じない様,これまでの経験を生かして,関連分野のさらなる発展に尽力していきたいと思います.

  最後になりますが,これまでご指導ご鞭撻を頂いた恩師の先生方,および会社で一緒に研究に取り組んできたメンバーに感謝致します.

更新日:2016.4.25