流れの読み物

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流れ 2001年10月号 目次

― 生物と流れ ―

  1. CFDで見る生物流れ
    劉 浩(理化学研究所)
  2. 水をはじく微細構造
    松本壮平(産業技術総合研究所)

海外研究動向

  1. ダルムシュタット工科大学滞在記
    亀田正治(東京農工大学)
  2. カリフォルニア大学ロサンゼルス校滞在記
    宮崎康次(九州工業大学)

学生の欄

  1. 日本と韓国の習慣の共通点と相違点
    姜鍋根 (神戸大学大学院自然科学研究科博士課程3年)

 

ダルムシュタット工科大学滞在記

亀田正治
(東京農工大学)

 4月8日(2001年),桜散る東京からまだ肌寒いダルムシュタット(Darmstadt)にやってきた.
ダルムシュタットは,ドイツ中西部ヘッセン州にある10万人都市である.フランクフルト・アム・マイン南郊30 kmに位置し,ドイツの中では,比較的温暖だという.しかし,ドイツは,日本に比べるとかなり北に位置しており,その気候はおおむね北海道と同じと考えてくださってよい.

 フランクフルト空港からダルムシュタットへ向かう空港バスから,ウエラ(Wella)化粧品の大工場が目に入った.日本でもおなじみの化粧品メーカーである.うかつにも,ドイツの会社だとは知らなかった.あとで聞くと,ここに本社があるそうだ.

 復活祭(イースター)を境に,急に気温が上がり,あらゆる花が咲き,若葉が萌え出した.妙に美しき5月,とは良く言ったものだ.まったくそのとおり,陽光まぶしくさわやかな毎日が続く.この時期ドイツ中で出回るというアスパラガスを大いに食す.

 6月が終わり,7月に入ろうというある日曜日,Luisen Platzという名の中心街に出ると,Heinerfestというお祭りをやっていた (写真1).普段は何もない広場に,忽然と観覧車やフライングカーペットなどがあらわれ,街じゅうの人が出ているのではないかと思うくらいの人ごみである.

 ドイツでは,有名なミュンヒェンのオクトーバーフェストをはじめ,さまざまなFestが開催されると聞いていた.これまで,Festがどんなものかイメージが湧かなかったのだが,これでわかった.日本の縁日を大掛かりにしたようなものと思えば大体当たっている.
そもそも,普段でも,金曜の午後や土日の中心街は,いつも大変な人ごみなのである.ドイツ人には,中心街をそぞろ歩くのが,もともと大いなる娯楽の一つなのだ.

 ダルムシュタットは,ユーゲントシュティール(アールヌーボ-)様式の有名な建築物があったり,また,立派な州立博物館があったりするが,何と言っても,ダルムシュタット工科大学(Technische Universitaet Darmstadt)で有名な街である.街の中心部と郊外に,広大なキャンパスを有している (写真2).
なかでも,機械工学科(Maschinenbau)は,教授22名,学部生1学年あたり280名,の大勢力を誇っている.教授22人を少ないと思ってはいけない.ドイツの教授は日本の教授に比べてはるかに地位が高い.しかも,助教授・講師はいない.一人の教授のもとに,何人もの博士号を持つ研究者が働いている.

 お世話になっているTropea教授は,レーザーを使った流体計測の世界的権威であり,雑誌Measurement Science and Technologyのchief editorでもある.写真3を見ていただければわかるとおり,40歳代中盤,実に精力的な人である.ところで,この人,実は,カナダ人なのである.日本と同様,ドイツでも,外国人が教授になるのは珍しいらしい.
教授自らが外国人のせいか,彼が率いる流体・空力講座(Fachagebiet Stoemunglehre und Aerodynamik)は,実にインターナショナルである.私が把握している限りでも,ドイツはもとより,フランス,ボスニア,ロシア,イスラエル,インド,中国,そして日本,世界各地から博士号を持つ研究者が集まっている.

 最初,研究室のみんなは,私がここに定職を求めに来たと思っていたらしく,「いや違うsabbaticalだ」,と言うと,ちょっと意外そうな顔をされた.そのくらい,どこから働きに来てもおかしくないのである.EU統合が着実に進んでいることを実感した.
話は変わるが,ここに来て以来,研究者にとって,いかに自由な時間が大切か,また,少なくとも同じ研究室にいるほかの研究者たちは,その自由な時間をきちんと確保している,ということを何度も考えさせられた.

 今の日本の状況では,ドイツ並みのノーベル賞受賞者数を目指すのは夢のまた夢だ.科学的蓄積も十分とは言えず,そのうえ,さまざまな理由で多くの研究者が自ら研究する時間を削られ続けているのでは,決して良い研究成果は期待できない.成果を期待するのなら,きちんとした研究をしたい者には,めいっぱい,研究に没頭できる時間を与えるべきだ.それが真の「ゆとり」であり,かつ,それが可能なくらい日本は豊かになっていると思う.
私は,幸いなことに,本務地である東京農工大学の理解と文部科学省の援助を得て,ドイツに滞在し,研究に専念する機会を得られた.このような機会が,望外の喜びではなく,当たり前になるだけでも相当の改善につながると思うのだが,みなさんのお考えはどうだろうか.

▲写真1 普段は何もない広場に観覧車が出現.Heinerfestのひとこま

▲写真2 機械工学科 (Maschinenbau) の建物.歯車をかたどったモニュメントが正面玄関前に

▲写真3 Tropea教授 (左) と,教授室にて

 
更新日:2001.10