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流れ 2007年4月号 目次

― 特別寄稿  ―

― 特集: 自動車と流れ  ―

  1. 自動車の計算流体力学
    安木 剛(トヨタ自動車)
  2. CFDによる自動車エンジンルーム内の熱環境予測
    小森谷 徹(富士重工業)
  3. カーエアコン性能を最大化するためのCAE
    浅野 秀夫,須藤 知宏(デンソー)
  4. 自動車用流体機械における流れの数値解析
    近藤 靖裕,河上 充佳,増田 糧(豊田中央研究所)
  5. 自動車空力騒音のシミュレーション
    堀之内 成明,稲垣 昌英,加藤 由博(豊田中央研究所)
  6. 自動車周りの非定常流れ
    小島 成(カレッジ・マスターハンズ),亀本 喬司(横浜国立大学)
  7. 編集後記
    川口清司(富山大学)、安藤俊剛(三重大学)、磯 良行(石川島播磨重工)、
    宇都宮浩司(広島工業大学)、東村哲志(シーディー・アダプコ・ジャパン)

 

文化功労者としての顕彰にさいして ―研究成果とその波及効果―


日本学士院会員
東北大学名誉教授
伊藤英覺

1.はじめに

 流体工学部門の委員から,標記についてニュースレターに記事執筆の依頼がありました.昨年11月6日にホテルオークラで顕彰式があり, 11月3日付けの顕彰状を頂きましたが,何分多忙を極めていたため執筆が今日に至りました.文化功労者の制度は昭和 26 年に「日本において,文化の向上発達に関し特に功績顕著な者」として制定され,平成 18 年度は第 59 回で,今日までに七百名近い方々が顕彰されています.このうち機械工学がご専門の方々は,小野鑑正・兼重寛九郎・沼知福三郎・鈴木弘・曽田範宗・横堀武夫の各先生方です.今回この様な大家の末席を汚して顕彰されたことを,甚だ光栄に感じている次第です.

 以上のうち流体工学関係では,沼知福三郎先生がキャビテーション研究で著明であったことは,読者の記憶に新しいことと思います.それでは「伊藤は何をしたのか?」となると,近頃は流体工学の研究分野が著しく拡大しているため,私が何を研究したかご存知ない方が多いのではないかと思います.従って以下に私の行った主な研究内容を簡潔に紹介し,基礎研究をしっかりやることがどんなに大切か,そしてそれがどんなに沢山の応用につながるかということをお知らせしたいと思います.

2.研究成果とその応用 

2.1  曲り管内乱流の管摩擦抵抗法則

 私がこの研究を開始したときは,直管内の乱流は Prandtl 学派により充分解明されていましたが,曲り管内の乱流はほとんど未知の状態にありました.そこで境界層理論を用いた理論解析と実験により,管壁の滑らかな曲り管内乱流の管摩擦抵抗法則を解明し,併せて臨界レイノルズ数の実験式を導きました [1].この研究は学術上多数の関連研究を誘発しました.すなわち以後曲り管の熱伝達,物質分散,非ニュートン流体の流れ,気液混相流その他の研究が開始されて,これらに数多く引用され,理論的にも実験的にも広く役に立っています.

 一方,応用面では以外な展開を見せました.すなわち戦後出現した二大産業である宇宙開発と原子力発電で,重要な役割を演ずることになったのです.前者については,ロケットエンジンの壁面は高温に晒されますから,液体水素で再生冷却を行います. NASA では直管内に液体水素を流して多数の実験を行いましたが,実際の流路は曲っています.この曲率補正に,圧力損失及び熱伝達ともに私の式が使用されました [2, 3].ここで熱伝達率についてはレイノルズアナロジーにより,直管の式に曲り管と直管の管摩擦係数比を乗じて求めています.一方,原子力発電については,へリカルコイル型の蒸気発生器 [4]や蒸気過熱器 [5]の設計に同じく私の式が用いられ,国内でも同様に使用されています.

2.2  ベンド内の流れのエネルギー損失

 上流・下流に直管を取付けたベンド内の乱流のエネルギー損失は,工業上重要であるにも関わらず,実験で得られた損失係数値は諸家により著しく相違し,その理由は不明でした.そこでベンドの損失係数としては,ベンドによって誘起される充分下流までのエネルギー損失を考慮に入れ,多数のベンドについての実験結果に基づき,ベンドの損失係数の実験式を導きました [6].この式は多数の教科書や便覧等でご存知かと思います.この研究は後に英国 BHRA で 1.2 × 106 までの高いレイノルズ数の実験が行われて,私の実験値の延長線上に来ることが判明し [7],また同じく英国でなされた正方形断面のベンドの損失係数の実験値も私の円形断面のそれと一致することが判明して [8],海外でも高い評価を得ております.我国では昭和 30 年代後半から混相流研究が開始され,粉体の空気輸送及び固体粒子の水力輸送におけるベンド部の圧力損失を求めるのに重要な役割を果しました.これらは機械学会論文集その他でご存知のことと思います.

 一方,案内羽根を備えたエルボによるエネルギー損失の減少 [9]は,各種流体機械に応用されて成果を挙げています.

2.3  曲り管内の層流

 曲り管内の層流については,境界層内外を結ぶ二次流れの連続条件を微分方程式で導入することにより,境界層外側の非粘性のコアの速度分布を求めることに成功し,非常に正確な管摩擦係数式を導きました [10].この解は自己矛盾のない筋の通った近似解として評価され,数値流体力学の計算精度の比較に用いられている外,解法は非ニュートン流体の層流の理論解にも応用されています.また医学への応用としては大動脈の流れの定性的類似性の検討 [11]や, CO2 除去のための人工肺 [12]などがあります.

2.4  回転する管内の流れ

 直管が直交軸のまわりに回転すると,内部を流れる流体にはコリオリ力が作用し,曲り管に類似した二次流れが生じます.層流及び乱流それぞれの場合について理論的及び実験的に管摩擦抵抗法則を解明し,また臨界レイノルズ数の実験式を導きました [13].この研究はコリオリ力の作用する流れ場に関する多数の研究を誘発しました.応用としてはガスタービンの動翼や発電機の冷却流路の設計 [14]に用いられており,また数値流体力学における計算精度の比較にも使用されています.

 一方,曲り管がその中心軸のまわりに回転するとき,回転方向が流れ方向と逆の場合には,二次流れの逆転が生じます.層流の場合について,この逆転の状況を初めて理論的に解明しました [15]

2.5 分岐合流管のエネルギー損失

 分岐合流管は流体機械に関連する諸装置の配管の外,建築・船舶等の空気調和に使用され,さらにトンネルの換気,上下水道などで重要です.従来の諸家による分岐合流管の損失係数の実験研究は,当面必要とする流れ方向のみについて実施されており,すべての流れ方向を考慮に入れたエネルギー損失の完全特性は求められていませんでした.さらに分岐合流管では隅の丸みの有無が損失係数に大きく影響することを考慮に入れ,本管と支管の面積比が 1 の分岐合流管について,損失係数の完全特性を求めました [16].この結果は,損失係数の基準値として海外で重用 [17-19]されています.

 最近,私の勤務先であった日本大学工学部で,面積比の大きい分岐合流管の損失係数の完全特性に関する研究が,理論と実験の両面からまとまりました [20].水力学でおなじみの単純急拡大・急縮小の損失係数も,特殊な場合として導かれています.

2.6  大型低乱風洞の設計・設置とその性能

 風洞では測定部における風速分布の一様性の外,低乱流であること及び可及的に低騒音であることが要求されます.プロジェクトチーム(委員長伊藤英覺 ,幹事小林稜二)が流体研(当時速研)に結成され,最新式の大型低乱風洞を東北大学に設計・設置しました.密閉型測定部について言えば,風速分布の一様流からの偏りはほとんどなく,また風速 20 m/s から 50 m/s にかけて乱れ強さ 0.02 % 以下という高性能を実現しました.騒音については,吸音材を風洞内の各要所に内張りすることによって低騒音を実現しました.この風洞の設計法の詳細は,文献 [21]に記載してあります.一方,風洞内の各断面における風速分布・乱れ度分布を測定した例は稀であることから,これらを詳細に測定した外,平板の乱流遷移レイノルズ数として Schubauer と Skramstad による 米国 National Bureau of Standards の記録 2.8 × 106 を上回る世界新記録 3.5 × 106 を達成したことは,特筆に値すると考えています [22]

2.7  その他の研究

 ベンド流量計の流量係数,流量測定用入口ノズルの流量係数,回転円板の摩擦抵抗,回転楕円体の摩擦抵抗,回転する曲り管内の層流などがあり,日本機械学会論文集あるいは東北大学高速力学研究所報告に掲載されています.

 

3.おわりに

 現在は流体工学の分野が著しく拡大したばかりでなく,電算機による大規模計算が可能となり,その研究テーマは以前とは随分相違したものとなっています.流体工学の明日を担う若い方々は以上の説明をご覧になって,「この程度なら自分でも楽にやれる!」という意気込みで,「世界で最初に」という言葉がそのまま当てはまるような,工学の進歩に直結してしかも世の中の役に立つ研究を,理論と実験の両面から実施されることを心から希望しています.

 

4 .文献

[1] H. Itō : Friction Factors for Turbulent Flow in Curved Pipes, Journal of Basic Engineering, Trans. ASME, Ser. D, Vol. 81 (1959), pp. 123-134.
[2] M. F. Taylor: Heat-Transfer Predictions in the Cooling Passages of Nuclear Rocket Nozzles, J. Spacecraft, Vol. 5 (1968), pp. 1353-1355.
[3] R. L. Schacht and R. J. Quentmeyer: Coolant-Side Heat-Transfer Rates for a Hydrogen-Oxygen Rocket and a New Technique for Data Correlation, NASA TN D-7207, 1973.
[4] P. V. Gilli: Der Reibungsbeiwert von Einphasen-Strömungen in eben und räumlich gekrümmten Rohren, Österreichische Ingenieur-Zeitschrift, Vol. 7 (1964), pp. 361-370.
[5] A. Hunsbedt and J. M. Roberts: Thermal-Hydraulic Performance of a 2MWt Sodium-Heated, Forced Recirculation Steam Generator Model, Journal of Engineering for Power, Trans. ASME, Ser. A, Vol. 96 (1974), pp. 66-76.
[6] H. Itō : Pressure Losses in Smooth Pipe Bends, Journal of Basic Engineering, Trans. ASME, Ser. D, Vol. 82 (1960), pp. 131-143.
[7] D. S. Miller: Internal Flow ― A Guide to Losses in Pipe and Duct Systems, The British Hydromechanics Research Association, Cranfield, 1971, pp. 156-157, 160-161,189,191-192.
[8] A. J. Ward-Smith: Pressure Losses in Ducted Flows, Butterworths, London , 1971, pp. 36-37, 58-60, 83.
[9] H. Itō and K. Imai: Pressure Losses in Vaned Elbows of a Circular Cross Section, Journal of Basic Engineering, Trans. ASME, Ser. D, Vol. 88 (1966), pp. 684-685.
[10] H. Itō : Laminar Flow in Curved Pipes, Zeitschrift für angewandte Mathematik und Mechanik, Vol. 49 (1969), pp. 653-663.
[11] T. J. Pedley: The Fluid Mechanics of Large Blood Vessels, Cambridge Univ. Press, Cambridge, 1980, pp. 171, 173, 175-176, 428.
[12] K. Tanishita et al.: Design Features of Serpentine Tube Membrane Lung for ECCOR, Trans. Am. Soc. Artif. Intern. Organs, Vol. 31 (1985), pp. 622-627.
[13] H. Itō and K. Nanbu: Flow in Rotating Straight Pipes of Circular Cross Section, Journal of Basic Engineering, Trans. ASME, Ser. D, Vol. 93 (1971), pp. 383-394.
[14] W. D. Morris: Heat Transfer and Fluid Flow in Rotating Coolant Channels, Research Studies Press, Chichester , 1981, pp. 2-9, 161,165,168-175, 177-181, 201, 204, 219, 223.
[15] H. Itō and T. Motai: Secondary Flow in a Rotating Curved Pipe, Reports of the Institute of High Speed Mechanics, Tōhoku University , Vol. 29 (1974), pp. 33-57.
[16] H. Itō and K. Imai: Energy Losses at 90 ° Pipe Junctions, Journal of the Hydraulics Division, Proceedings of the American Society for Civil Engineers, Vol. 99 (1973), pp. 1353-1368.
[17] A. J. Ward-Smith: Internal Fluid Flow ― The Fluid Dynamics of Flow in Pipes and Ducts, Clarendon Press, Oxford , 1980, pp. 439-444, 447,543.
[18] D. S. Miller: Internal Flow Systems, 2nd ed., BHRA (Information Services), Cranfield, 1990, pp. 315, 323, 331-332, 335, 337, 361.
[19] R. D. Blevins: Applied Fluid Dynamics Handbook, Reprint Edition, Van Nostrand Reinhold Co., New York , 1992, pp. 89-91, 122.
[20] Kenji Oka and Hidesato Itō : Energy Losses at Tees with Large Area Ratios, Journal of Fluids Engineering, Trans. ASME, Vol. 127 (2005), pp. 110-116.
[21] 伊藤ほか 13 名:東北大学高速力学研究所附属気流計測研究施設低乱熱伝達風洞設備および風洞性能について,東北大学高速力学研究所報告,第 44 卷 (1980) , 第 395 号, 93-151 頁.
[22] H. Itō , R. Kobayashi and Y. Kohama: The Low-Turbulence Wind Tunnel at Tōhoku University , The Aeronautical Journal, Vol. 96 (1992), pp. 141-151.
更新日:2007.4.2