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流れ 2014年11月号 目次

― 特集テーマ:2014年度年次大会 (1) ―

  1. 巻頭言
    (真田,横山,杵淵)
  2. 高風速域における大気・海洋間の運動量,熱および物質輸送
    小森悟(京都大学)
  3. EFDワークショップ:流れ場計測の誤差,不確かさ評価,ノイズ対策
    石川仁(東京理科大学)
  4. タービンブレードの空力性能改善に向けた剥離流れ検出技術の課題
    瀬川武彦,湯木泰親 (産業技術総合研究所)
  5. 高速気流のPIV計測と不確かさ
    小池俊輔(JAXA)
  6. 空気流計測における誤差要因と注意点
    寺島修(名古屋大学)

 

高速気流のPIV計測と不確かさ


小池 俊輔
独立行政法人
宇宙航空研究開発機構
航空本部
風洞技術開発センター

 

1. はじめに

  2014年度年次大会のワークショップにて,東京理科大学 石川仁先生ら他4名による企画「流れ場計測の誤差,不確かさ評価,ノイズ対策」で講演させて頂きました.ここでは講演させていただいた「高速気流のPIV計測と不確かさ」について,主要な内容について紹介させていただきます.後半の超音速流計測に対する補正手法は,現在,九州大学の半田太郎先生と共同で研究を進めている内容です.

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は,航空宇宙機の研究開発を目的とした大型風洞群を有している.近年急速に発達した光学計測を使用し,模型周囲の流れ場や模型表面の詳細な時空間情報を取得している.これまでに著者らは,粒子画像流速測定法(PIV)や感圧塗料計測法(PSP)を使用して,航空機,ロケット,再突入カプセルなどの模型周りの詳細な速度場や圧力場の情報を取得してきた.これらの情報は,機体の設計に使用されるとともに,複雑な流れ場の現象理解や数値流体力学(CFD)の検証に貢献している.本稿では,大型風洞で利用されている光学計測手法の中からPIVについて紹介する.まず,JAXA 2m×2m遷音速風洞でのPIVとその要点を示し,次に,トレーサ粒子の気流に対する追従遅れの問題と現在研究中の簡易補正手法(1)について紹介する.

 

2. JAXA 2m x 2m 遷音速風洞におけるPIVとその要点

 図1にJAXA 2m×2m遷音速風洞とPIV系の各要素の写真を示す.本風洞は回流式の遷音速風洞であり,マッハ数0.1から1.4の気流を実現できる.図1に示すようにPIV系はトレーサ粒子供給系,光源,撮像系で構成され,風洞の測定部周辺に設置される.本風洞では,平均場を対象とするサンプリングレート数Hz程度のシステムと時系列データを対象とするサンプリングレート10kHz程度の時系列PIVシステムを併用している.


Fig. 1 JAXA 2m x 2m transonic wind tunnel and the PIV systems.

  PIVでは,短い時間間隔の2時刻の粒子像を,レーザおよびカメラを用いて撮影することで粒子群の移動速度を求める.最も単純な解析式としては次の(1)式となる.

(1)

ここで,uは速度[m/s],αは変換係数[m/pixel],ΔXは画像上の粒子の移動距離[pixel],Δtは2時刻の粒子画像の時間間隔[s]である.αΔXΔtの誤差を抑制することで計測精度の向上が図られる.(1)式に陽に現れないものとしては,PIVの原理に起因する誤差(粒子の気流追従性に依存する誤差など)δuがある.

  本風洞におけるPIVの要点としては,主に以下の点が挙げられる.①気流への追従性の良い微小粒子を使用する(δuを小さくする).②均一な粒子散布を行い良好な粒子像を得る(ΔXの精度を上げる).③レーザ発振間隔を精度良く計測する(Δtの精度を上げる).④校正ボードの精度確保および校正ボードとレーザの位置決め精度を上げる.(αの精度を上げる).

  ①については,ラスキンノズルで発生させた直径約1µmの油滴粒子(DOS)を使用することで可能な限りδuを小さくしている.固体粒子では,本粒子よりも小さいものも存在するが,容易にかつ大量に供給でき,風洞や人体等への影響が小さいことを考慮して,本風洞ではDOSを採用している.②については,レーザ強度,カメラレンズのフォーカス調整,粒子分布の濃度および均一性,さらには解析手法について対策をとることで精度の向上を図っている.フォーカス調整については,内製の微調フォーカス機構を使用し,最適な粒子像を得られるように調整している.また,粒子散布については,図1に示す粒子供給管(Seeding rake)を使用して,一様性を確保している.粒子供給管は計測対象の領域に応じて,何種類かの組み合わせを使い分けている.③は高速流かつ拡大撮影をする際に重要である.撮影領域にも依存するが,本風洞における一般的なレーザ発振間隔は数百nsから数µsと短い.数十ns程度のレーザ発振間隔のばらつきを考慮する為に,レーザ発振間隔を2GHz程度で計測し流速値に反映している.④は小型の風洞においては比較的容易であるが,大型の風洞においては困難である.本風洞においては,高精度に製作したマーカボードを校正に使用し,建築用のレーザ墨出し器を使用して校正ボードやレーザシートの位置合わせの精度を確保している.

 

3. 超音速流れにおけるトレーサ粒子の追従遅れとその補正手法

 上述のように,精度確保のために様々な対策をとっているPIVではあるが,高速流,とりわけ衝撃波や膨張波を伴う超音速領域については粒子の気流に対する追従遅れが問題となる.図2はこの問題を端的に表している.分子をトレーサとする計測手法にMolecular Tagging Velocimetry (MTV)がある.図2では,このMTVとPIVの不足膨張噴流(図2(a)および(b))を計測した結果を比較している(2).PIVのトレーサ粒子は,前述の油滴粒子(DOS)であり,MTVのトレーサはアセトン分子である.図2(c)を見ると,分子をトレーサとするMTVの結果(Uf,MTV)は曲線で示された経験式および理論値と概ね一致している.他方,PIVの結果(Uf,PIV)は,膨張領域では,気流の加速に追従できず低速側に,衝撃波下流では気流の減速に追従できず高速側にずれている.粒子の追従性に起因する速度差は,大きいところでは数百m/s以上あり,計測全体の不確かさの主要因である.超音速領域のPIVでは,図2(b)のように一見すると良好な計測ができている.しかしながら,急加速や不連続な減速を含む本対象のような流れ場では,定量的には大きな不確かさを持つことを認識する必要がある.


Fig. 2 Comparison between PIV and MTV data (2).
(a) Schematic of underexpanded jet,
(b) Velocity distribution measured using PIV,
(c) Velocity profile and their correction data on the center line
(broken line in Fig. 2(b)).

  図2に示すように,超音速領域におけるPIVは大きな不確かさを持つため,このような流れ場をPIVの計測対象から除外してしまうことは選択肢の一つである.しかしながら,大型風洞においてはMTVのような分子トレーサを使用した手法を使用することは容易ではなく,3次元的な複雑な流速場をPIVによって得られることは,航空宇宙機の設計指針を得る上で工学的に重要である.このような観点から,著者らは超音速領域のPIV計測結果に粒子の抗力則を利用して補正する手法について研究を進めている(1)(2).図2(c)における赤色のプロット(Uf,stokes)は,PIVで得た粒子流速を補正した結果(1)である.この補正では,Stokesの球の抗力係数を使用している.補正値は明らかにMTVの結果や経験式および理論値に近づいており,補正が有効であることを示している.補正量の大小は領域ごとの計測値の不確かさの見積もりにも利用できる.補正量の大きいデータについては考察からのぞき,補正量の小さい領域のデータから現象理解を進めるなど,補正結果はデータの細やかな考察を可能とする.

 

4. おわりに

本稿では,JAXA 2m×2m遷音速風洞のPIVの要点を紹介するとともに,超音速領域のPIVの課題について紹介した.高速流の詳細な流速場の取得は航空宇宙機の開発の高度化において必要不可欠なものであるが,未だに多くの課題を抱えている.今回紹介した補正手法やこの手法を利用した不確かさ解析を進めることにより,高速流のより詳細な流速場計測に努めたい.

 

文   献

(1) Koike, S., Takahashi, H., Tanaka, K., Hirota, M., Takita, K., and Masuya, G., “Correction method for particle velocimetry data based on the Stokes drag law”,  AIAA Journal, Vol. 45, No. 11, pp. 2770-2777, 2007.
(2) 三井克仁,中野葵,小池俊輔,半田太郎,“超音速領域におけるPIV計測データの補正方法に関する研究”,第45回流体力学講演会/航空宇宙数値シミュレーション技術シンポジウム 2013講演論文集,2B02, 2013.
更新日:2014.11.1