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音響場を駆使した非接触流体マニピュレーション

1. はじめに

長谷川 浩司
工学院大学

 この度は,流体工学部門,その後日本機械学会のご推薦を賜り,令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「若手科学者賞」を受賞したことを背景に,今回の寄稿の機会を頂けたものと理解しております.ご推薦および本企画にご尽力下さった皆様に厚く御礼申し上げます.題目である「音響場を駆使した非接触流体マニピュレーション」は,端的に表現すれば,音を利用することで空中に任意のサンプルを浮遊および各種操作を実現することを指します. 2007年に卒業研究で関連研究に着手して以来,液滴の美しさと摩訶不思議な振る舞いに魅了され,振り返れば約18年間にわたり研究を続けてきました.これまで主に液滴を対象に研究に取り組んで参りましたが,最近では子供との遊びをきっかけに,気泡(シャボン玉)や形状が複雑な物体(例えば折り鶴)なども浮遊させるなど,好奇心の赴くままに新たな取り組み(遊び?)も開始しております.本記事では,音響場による浮遊原理と各種操作内容,そして最近の取り組みとして浮遊液滴の蒸発に伴って誘起される各種ダイナミクスをご紹介いたします.

2. 音響場による流体浮遊と各種操作

 近年,界面が関与する濡れ性や蒸発に代表されるような液滴の相変化挙動に対する理解の重要性が益々高まっています.産業応用上では,冷却技術,インクジェットプリンティング,コーティングをはじめ,DNA合成,生化学アッセイ,医療診断などに代表されるように,多様な物理的,化学的,生物学的プロセスに関連付けられます[1].蒸発現象を研究する場合,固体基板上に静置させた液滴を対象とすることが一般的ですが,その見た目の単純さとは裏腹に,相変化,輸送現象,濡れの問題等が連成するために,それらの統一的理解は大きな学術的挑戦であると認識されています[2].固体との相互作用を回避し,より流体の純粋な拡散過程を観察するには,完全な自由界面を有するように液滴を浮遊させた状態にするのが理想的です.そのような液滴の浮遊実現の1つの手段として,音場浮遊法が挙げられます[3].本手法は,任意の空間に形成させた音響定在波中の節付近に,容器を用いることなく非接触サンプルを保持・操作可能とする利点があります(図1).浮遊させた液滴に対しては,輸送,合体,混合,反応,蒸発等の操作が可能であることも本手法の魅力を向上させています(図2).しかしながら,Lab-in-a-dropと表現できるような精緻かつ自在な操作の実現のために,非線形音響場と浮遊液滴の応答としての界面動力学,非定常な流動場,温度場,濃度場,さらには非平衡過程である相変化等が連成する物理現象を詳らかにする必要があります.


図1 音場浮遊法の概要:(a) 模式図,(b) 音圧分布,(c) 液滴浮遊


図2 音響場を駆使した非接触流体マニピュレーション:浮遊液滴の蒸発,輸送,合体,混合,反応,蒸発

3. 最近の取り組み:蒸発誘起ダイナミクス

 一連の操作に伴う浮遊液滴の界面ダイナミクスや流動場,温度場,濃度場等の計測,関連する物理メカニズムについては,筆者が執筆したその他の総説記事[4,5]に譲るとして,今回は筆者が「今この研究開発が熱い」と考えている,直近で取り組んでいる蒸発誘起ダイナミクス(凝縮,相分離,凝固)を紹介いたします.本企画の性質から読みやすさを優先しておりますので,以下の詳細にご興味を持って頂けた場合には,それぞれの原著論文[6,7]をご高覧頂ければ幸いです.

 まずは基礎的な流体として,水やエタノールを例に浮遊液滴の蒸発現象を考えます.揮発性のある流体として,例えば直径が2 mm程度の水液滴を音響場中で浮遊させた場合には,時刻の進展とともに拡散によって浮遊液滴は蒸発します.気温が高く,湿度が低いと洗濯物がよく乾くことが直感的にも想像されるように,水液滴の蒸発の様子は周囲温度と湿度に大きく左右されます.例えば室温20℃,湿度が60%程度の環境下で水液滴を蒸発させる場合,同時に界面を通じた周囲水蒸気の凝縮が促されることによって液滴は1000秒のオーダーの時間で比較的緩やかに蒸発が進展します.エタノール等の揮発性が高く,水と混和する流体を用いた場合には,殊更顕著に凝縮の影響が観察されます.浮遊直後は純エタノールだった液滴は,蒸発とともに界面温度が10℃程度低下することで,周囲水蒸気の凝縮が盛んになり,即座にエタノール水溶液化し,やがてエタノール成分の完全蒸発後には水液滴化します.このケースからわかることは,特に揮発性の高い液滴を浮遊させた場合には,揮発成分の蒸発と同時に周囲に存在する水蒸気を取り込み,水を液滴内に蓄積するということです.

 この凝縮を通じた液滴内の水分濃度の増加に着想を経て,ギリシャのお酒として知られているウーゾ(Ouzo)と呼ばれる混合液を浮遊させてみました.ウーゾは水,エタノール,アニスオイルの3流体の混合液の総称で,エタノールが仲介役となることで通常では混ざらない水とアニスオイルが一定濃度条件では混和します.このウーゾを任意の濃度で調製し,液滴として音響場中に浮遊させます.すると,エタノールの蒸発とともに,周囲水蒸気が凝縮することで,液滴内の水分濃度が上昇(エタノール濃度の相対的な低下)します.ある濃度を迎えると,水と油が液滴内で相分離し,白濁(乳化)しはじめます(図3(左)).つまり,蒸発誘起相分離現象を観察することができます.各成分濃度を変更することで,乳化時間を制御可能であることもわかっています(図3(右)).これは多成分液滴の蒸発に伴い,成分濃度が動的に変化した結果として相分離に至る現象と言えますから,物理化学的に興味深いことはもちろん,浮遊当初は透明な液滴が突然白く輝く瞬間は見ているだけでも楽しめます.

図3 ウーゾ液滴の蒸発誘起相分離現象:(左)相分離過程の動画,(右)乳化時間

 また一方で,水とは混ざらないシクロヘキサンを浮遊させると蒸発誘起凍結現象が生じます(図4(左)).シクロヘキサンは,蒸気圧が非常に高く(20℃で約12.7 kPa),比較的凝固点が高い(約6.5℃)という特徴があるため,直径2 mm程度の液滴の場合,浮遊直後から勢いよく蒸発し,界面温度は一気に低下いたします.あまりに急激な蒸発速度であるために,界面温度は凝固点を下回り,液滴は過冷却状態を迎えます.その後ある瞬間に凍結しはじめ,凍結前線(Freezing front)は一瞬で界面を伝播し,液滴全体が凍ることとなります.凍結過程は確率的(Stochastic)であるために,液滴それぞれの個性はあれども概ね数秒~1分未満という時間スケールで急速凍結します(図4(右)).相変化を対象とする場合,一般に気液(蒸発・沸騰・凝縮),もしくは固液(凝固・融解)のいずれかのみを扱うことが多い中で,音響場中に浮遊するシクロヘキサンの場合には,蒸発という気液の相変化と凝固という固液の相変化を僅かな時間で連続的に観察することができる珍しいケースと言えます.また凍結した液滴はまるで満月のように見えるのもご鑑賞頂きたいポイントです.

図4 シクロヘキサン液滴の蒸発誘起凍結現象:(左)凍結過程の動画,(右)凍結開始時間

4. おわりに

 音響場で浮遊する液滴自体は一見するとシンプルに見えるかもしれませんが,小さな浮遊液滴は多くの物理を内包する大きな世界を見せてくれると筆者は感じています.音響,界面動力学,輸送現象,相変化を対象とするマルチスケール,マルチフィジックス問題とも言い換えることができ,その多彩な側面は未解決の挑戦的問いを豊富に含んでいることを意味します.もしご興味をお持ち頂けたならば,お気兼ねなくお声がけ頂ければ嬉しく存じます.初めて液滴を浮遊させてから久しいものの,未だに自分自身で実験に取り組む際には心が躍ります.浮かせているのか,はたまた浮かれているのかわからないような心持ちではありますが,この高揚感と冒険心を大切に,これからも学生とともに浮遊液滴の不思議と戯れたいと思います.

文献

[1] Wilson, S. K. and D'Ambrosio, H. M., Evaporation of sessile droplets, Annual Review of Fluid Mechanics, Vol. 55 (2023), pp. 481-509.
[2] Wang, Z., Orejon, D., Takata, Y., and Sefiane, K., Wetting and evaporation of multicomponent droplets, Physics Reports, Vol. 960 (2022), pp. 1-37.
[3] Brandt, E. H., Suspended by sound, Nature, Vol. 413 (2001), pp. 474-475.
[4] 長谷川浩司, 音響場を駆使した浮遊液滴の非接触マニピュレーション, 混相流, Vol. 37, No. 1 (2023) pp. 29-36.
[5] 長谷川浩司, 浮遊液滴の蒸発ダイナミクス, 伝熱, Vol. 63, No. 265 (2024) pp. 12-17.
[6] Mitsuno, M., and Hasegawa, K., Airborne Ouzo: Evaporation-induced emulsification and phase separation dynamics of ternary droplets in acoustic levitation, Physics of Fluids, Vol. 36 (2024), 033328.
[7] Mitsuno, M., and Hasegawa, K., Evaporation-induced freezing dynamics of droplets levitated in acoustic field, Physics of Fluids, Vol. 37 (2025), 084107.
更新日:2025.9.15