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流れ 2004年12月号 目次

― 特集:ナノ・マイクロスケールの熱流動 ―

  1. 低圧燃焼場で生成するナノ粒子
    芝原 正彦,香月 正司(大阪大学)
  2. DNAナノデバイス創製における流動ダイナミクス
    川野 聡恭(東北大学)
  3. マイクロスケール熱流動センシング及び選択的コントロール
    佐藤 洋平(慶應義塾大学)
  4. マイクロTASのためのマイクロ混合器
    鈴木 宏明(東京大学)
  5. 表面張力を利用した二相流機器設計
    鹿園 直毅(東京大学)
  6. ニュースレター12月号編集後記
    徳増 崇 (東北大学),深潟 康二 (東京大学),平元 理峰(北海道工業大学)

 

低圧燃焼場で生成するナノ粒子


大阪大学大学院
工学研究科
芝原 正彦



大阪大学大学院
工学研究科
香月 正司

1.はじめに

 フラーレンはその特異な幾何学構造から多彩な潜在的アプリケーションが期待されていることは広く知られている [1].フラーレンは,電気アークを用いた炭素の蒸発による方法である程度の量の合成に成功して以来[2],応用研究が盛んに行われている.しかし,この方法がバッチ方式で,かつ装置のスケールも小さいことから,限られた量しか生産できず,フラーレンの価格が高いことの原因とされていた.

  一方,低圧場での芳香族炭化水素燃料の予混合火炎中にフラーレンの存在が確認されており [3-10],燃焼法によるフラーレン合成法は実用上「連続製造が可能」という点でフラーレンの大量合成の方法として期待されている.これまでに燃焼法によりフラーレンを得る方法として,低圧場でのベンゼン拡散火炎からサンプリングする方法[10]や,高当量比の予混合燃焼から得る方法が提案されている[9].同時に,フラーレンの燃焼生成実験を基に予混合燃焼時のベンゼンからフラーレンまでの反応機構や反応経路が提案されている[11].

  火炎中におけるフラーレンの生成メカニズムは,多環芳香族炭化水素( Poly Aromatic Hydrocarbon :PAH) から「すす」への成長過程に生成されると考えられている.しかしながら,どのようなメカニズムで,低圧燃焼場において,いわゆる「すす」となるのか,あるいは「フラーレン」となるのかはまだよく分かっていない.また,ディーゼルエンジンや燃焼炉などから周囲に排出される「すす」は,周知のとおり,大気汚染の原因の1つと考えられている.また,「すす」や「フラーレン」の前駆物質である,「多環芳香族炭化水素(PAH)」の中には,強い発癌性を指摘されているものがある.すなわち,低圧燃焼場における燃焼生成物が「PAH」であるか,「フラーレン」になるのか,あるいは「すす」まで成長してしまうのかの分岐点は,文字通り「天国と地獄の分かれ道」を表しているともいえる.

 このようなことから,燃焼時の「 PAHの生成メカニズム」,「PAHからフラーレンの生成メカニズム」,「PAHからすすへの成長メカニズム」を解明することができれば,フラーレンの高効率燃焼合成法の確立につながると考えられる.しかしながら,いずれも反応をともなう巨視的な熱流動場と微小粒子の分子スケールの成長が関連する過程であり,極めて複雑であるため,メカニズムの解明は容易ではない.このような背景をもとに,本稿では,低圧場で芳香族燃料を燃焼させた場合に,生成されたすすサンプルの成分について分析を行った例を示して,燃焼方法や圧力,当量比およびバーナ形状がすす中のPAHおよびフラーレンの生成に及ぼす影響について実験例を示すこととする.

2.実験装置および方法

すすサンプルは,低圧容器内に設置したバーナで形成された火炎より生成したすすを回収することにより作成した.図 1に装置の流路系を,図2に本研究に供したバーナ(Vitiated Coflow burner[12])の概略図を示す.本実験では,燃料にはメタンおよびトルエンを用い,酸化剤には酸素を使用した.本実験装置では低圧容器内においてメタンを燃料とする予混合火炎とトルエンを燃料とする拡散火炎の2種類が形成される.低圧容器内で形成されるメタン火炎の当量比は,マスフローコントローラにより容易に変化させることができる.燃焼後の排気は,まず,焼結金属で構成されたフィルターを通すことによりすす(PAHおよびフラーレンを含む)を取り除き,液体窒素で冷却したコールドトラップによって腐食性ガスおよび水分を取り除いた後,真空ポンプへと導いた.排気流路中にはボールバルブを設けており,このバルブの開度により燃焼室内圧力の調節が可能である.



図1 実験装置


図2 Vitiated Coflow burner

 フィルターによって収集したすすサンプル( PAHおよびフラーレンを含む)を回収し,次の2種類の機器によって分析を行った.第一に,C24H14程度までの低分子量のPAHの分析にはガスクロマトグラフ(GC)を使用し,6種類の化学物質 (#1: Acenaphthene, #2: Acenaphtylene, #3: Fluorene, #4: Phenanthrene, #5: Anthracene, #6: Dibenzo(a,h) anthracene,以後,番号で示す.)については標準試料(Quebec Ministry of Environment PAH Mix)を用いて定量を行い,10種類の物質については化学式を特定した.フラーレン類(C60, C70, Higher fullerene)の分析には高速液体クロマトグラフ(HPLC)を使用した.

3. 圧力および当量比の影響

 図3に容器内圧力が異なる3条件(15,30,80 torr )においてノズル長さ30 mmの場合において形成された拡散火炎から収集したすすサンプル中に含まれるフラーレンの量を示す.図から分かるように本実験で使用したバーナにより形成された拡散火炎から収集したすすサンプル中に含まれるフラーレンの量は,圧力が高いほど少なくなり,80 torrに おいては,その収率は0になる.圧力を変化させると火炎構造が変化し,結果として燃焼室内の温度分布が変化するためであると考えられる.また,化学反応自体が圧力に依存[13]していることも考えられる.次に図4にフラーレンの生成が確認された15 torrにおけるPAHと,フラーレンの生成が確認できなかった80 torrにおけるPAHの分析結果を示す.本実験では100種近くのPAHが検出され,図中の黒塗りのグラフは15 torrの条件,白抜きのグラフは80 torrの条件での分析結果をそれぞれ示す.グラフから分かるように15 torrの分析結果において,#1, #3, #5, C16H10 ( 2種: 2種類の化学種が考えられるという意味,以下同様 ) , C18H12 ( 1種 ), #6, C24H14 ( 3種 ) のPAHが多い割合で検出されている.2種のC16H10は,FluorantheneとPyreneであり,#4と共にRichter[11]の提唱した化学反応スキームにおけるフラーレンへの反応経路に含まれる物質である.一方,80 torrの条件ではC18H12(1種), C22H12(2種)のPAHが多く検出された.特に2種のC22H12はBenzo(ghi)peryleneおよびIndeno(1,2,3-cd)pyreneに該当し, Richter[11]の提唱した反応機構においてフラーレンへの反応経路から外れる物質とされている.



図3 すすサンプル中フラーレンの割合に対する圧力の影響



図4 すすサンプル中 PAHの成分に対する圧力の影響



  次に,本実験で使用したVitiated Coflow burnerにおける効果的なフラーレン生成条件を探索した.図5にその結果を示す.これらの条件で生成したすすサンプルには最大4 %を超えるフラーレンが存在することがわかる.圧力に関しては,図3の結果と同様の傾向を示している.また,メタン-酸素の当量比1.2-1.4において,フラーレンの収率がピークを持つことが分かる.燃焼場中のフラーレンの生成にはC2H2が重要な役割を果たすとされており[11],メタン-酸素の当量比を上げることによって,トルエン火炎の周囲の化学種濃度が変化し,フラーレンの収率に影響を与えたものと考えられる.



図5 すすサンプル中フラーレンの割合に対するメタン―酸素当量比および圧力の影響

4.おわりに

 低圧燃焼場で生成するナノ粒子の例として,トルエン,メタンを燃料とする火炎から生成するフラーレンおよびPAHの実験例を示した.今後,さらにナノ粒子の生成機構の実験的,理論的研究が望まれるところである. 最後に,本研究の実施に際し,協力をいただいた吉川俊一氏(日産自動車(株)),武原弘明氏(フロンティアカーボン(株))に厚く御礼を申し上げる.


文 献


(1) 村山英樹,未来材料,4-4 (2004) , 34-40.
(2) Krätschmer ,W., Lamb, L. D., Fostiropoulos, K., Huffman, D. R., Nature, 347 (1990) , 354-358.
(3) Gerhardt, P. H. , Loffler, S. , Homann, K. H., Chem. Phys. Lett ., 137 (1987), 306-310 .
(4) Baum, T. h., Loffler, S., Weilmunster, P., Homann , K. H., Prepr. Pap. Am. Chem. Soc. Div. Fuel Chem. , 36 (1991) , 1533-1540 .
(5) Ahrens, J., Bachmann, M., Baum, T. h., Griesheimer, J., Kovacs , R., Weilmunster, P., Homann, K. H., Int. J. Mass Spectrum. Ion Proc. , 138 (1994) , 133-148 .
(6) Bachmann, M., Wiese, W., Homann, K. H. , Combust. Flame ,101 (1995) , 548-550 .
(7) Howard , J. B. , McKinnon, J. T. , Makarovsky, Y., Lafleur, A. L., Johonson, M. E., Prepr. Pap. Am. Chem. Soc. Div. Fuel Chem , 36 - 3 (1991) , 1022-1025 .
(8) McKinnon, J. T., Bell, WL, Barkley R. M., Combust. Flame, 88 (1992) , 102-112 .
(9) Howard , J. B., McKinnon, J. T., Makarovsky, Y., Lafleur, A. L., Johnson, M. E., Nature , 352 (1991) , 139-141 . (10) P. Hebgen, A. Goel, J. B. Howard, L. C. Rainy and J. B. V. Sande, Proc. of the Combust. Ins., Vol. 28 pp. 1397-1404 (2000).
(11) Richter, H., Grieco, W. J., Howard, J. B., Combust. Flame , 119 (1999) , 1-22 .
(12) Cabra, R., Myhrvold, T., Chen, J. Y., Dibble, R. W., Karpetis, A., N., Barlow, R. S., Proc. Comb. Inst., 29 (2002) , 1881-1888. (13) H.Slmka, H. Hlerlemann, M.Uiz, E. Jensen, J. Electrochem. Soc. Vol. 148 2426 (1996).

更新日:2004.12.27