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流れ 2015年12月号 目次

― 特集テーマ:2015年度年次大会(その2) ―

  1. 巻頭言
    (竹村,杵淵,藤井,横山)
  2. CFDの流体システム設計への応用
    田中和博(九州工業大学)
  3. ワークショップ:機能性流体を基盤としたフロンティア流体工学への新展開
    高奈秀匡(東北大),西山秀哉(東北大)
  4. プラズマおよびイオン液体の環境・エネルギー技術への応用展開
    高奈秀匡(東北大)
  5. 電界共役流体のバイオエンジニアリング分野への展開
    竹村研治郎(慶應大)
  6. 磁気機能性流体を用いた革新的エネルギー変換・制御技術への応用展開
    岩本悠宏(同志社大)
  7. 電磁流体力学を応用した将来型エネルギー・航空宇宙技術
    藤野貴康(筑波大)

 

電磁流体力学を応用した将来的エネルギー・航空宇宙技術


藤野 貴康

筑波大学大学院

 

1.はじめに

 2015年度年次大会にて,東北大学 高奈秀匡先生,西山秀哉先生がご企画されたワークショップ「機能性流体を基盤としたフロンティア流体工学への進展開」にて,「電磁流体力学を応用した将来型エネルギー・航空宇宙技術」と題して講演をする機会を与えて頂きました.ここではその講演内容の一部を簡単に紹介致します.

 電磁流体力学(MagnetoHydroDynamics: MHD)とは,プラズマや液体金属などの導電性流体と電磁場の相互作用を扱う学問です.エネルギー変換技術へのMHD応用は,ファラデーの電磁誘導則に基づいて流体のエネルギーを電気エネルギーに変換する発電応用,ローレンツ力を介して電気エネルギーを流体の運動エネルギーに変換する推進応用(流体制御)の二つに大別されます.

 私が所属する電気学会では,MHDを利用したエネルギー変換技術に関する調査専門委員会が長い間継続的に設置されています.また,概ね3年毎に同委員会で調査した内容が電気学会から技術報告書として出版されています(最新の技術報告書は参考文献(1)).この技術報告書を時系列順に読んでみると,MHDエネルギー変換技術に関する研究開発の主役は長い間変わることなく地上民生用の高効率MHD発電であるものの,2000年頃からは,超電導技術の著しい進展(軽量化)を背景に,MHDエネルギー変換技術の航空宇宙分野への応用,具体的には次世代の極超音速航空機や宇宙輸送機まわりの流体・熱制御や機上搭載型の推進機/発電機への応用を目指した研究が活発になってきたことがわかります.以下では,日本が世界をリードする地上民生用希ガスMHD発電の高性能化研究に関して簡単に紹介致します.次にMHD技術の航空宇宙分野への応用研究の一例として,近年,国内外で活発に研究が進められている惑星大気突入機の熱防御への応用を目指したMHD Flow Controlに関して,その原理と著者らの数値解析結果を中心に簡単に紹介します.

 

2.高効率希ガスMHD発電の研究開発動向

 MHD発電は機械的な可動部を必要とせずにフレミングの右手の法則を介して流体のエンタルピーを電気エネルギーに変換可能です.そのため,MHD発電ではガスタービンよりも高温の熱源が利用でき,既存の最新鋭コンバインドサイクル発電システムを上回る高効率発電が可能であると期待されています.MHD発電の作動気体には2700℃程度の燃焼ガスまたは2000℃程度の希ガスが用いられます.どちらの作動気体でも,プラズマ化するために電離ポテンシャルの低いアルカリ金属(またはその化合物)が微量添加(シード)されます.

  作動気体が燃焼ガスの場合(燃焼ガスMHD発電),そのガス物性の特性上,生成されるプラズマはガス温度(重粒子温度)と電子温度が等しい熱平衡状態にあります.燃焼ガスMHD発電の研究は,70年代から90年初頭に,米国,ロシア,日本などを中心に,各国で大規模な研究費の下,研究開発が進められ,多くの研究成果が蓄積されてきました.しかし,燃焼ガスMHD発電では,発電機の熱的耐久性に対する要求の厳しさ,プラズマの電気伝導率の低さに起因した発電機サイズ(超電導磁石を含む)の大型化,それに伴う莫大な建設コストなどが懸念され,燃焼ガスMHD発電の最近の研究は特殊用途(非常用電源など)に向けられています.

  私が研究対象としている希ガスを用いたMHD発電(希ガスMHD発電)は,日本が世界をこれまでリードして研究開発が進められてきました.作動気体に希ガスを用いる場合,発電機内では自己誘導起電力によるジュール加熱により,電子温度が重粒子温度よりも高い熱非平衡プラズマが得られます.そのため,燃焼ガスMHD発電に比べて希ガスMHDの方がガス温度を下げることが可能でなり,発電機への熱的負荷を抑えることができます.また,燃焼ガスMHD発電に比べてプラズマの電子温度が高いため(理想的には5000K程度),電気伝導率も1-2桁程度高い値を持ちます.そのため,希ガスMHD発電の方が燃焼ガスMHD発電に比べて出力密度も高く,超電導磁石を含めた発電機の小型化が可能であり,建設コストも大幅に抑えられると期待されています.

  図1に希ガスMHD発電機を組込んだ発電システムの概念図を示します.通常,希ガスMHD発電システムでは作動気体である希ガスを外部に排出することなく循環させるクローズドサイクル発電システムが想定されています.また,以前は希ガスMHD発電というと熱をカスケード的に利用するMHD-ガスタービン-蒸気タービン発電機のトリプルコンバインドサイクル発電システムが想定されていましたが,最近では,図1のように希ガスMHD発電機を単独で用いたクローズドサイクルMHD単独発電システム(2)を想定した研究開発が一般的になっています.このシステムでは発電機を流出した作動気体から熱を徹底的に回収し,再利用することが高効率発電の実現には強く要求されますが,コンバインドサイクル発電に比べてシステム全体としては随分と簡素化されコストも抑えられると考えられています.また,図1にも示されているように,作動気体に希ガスを用いる場合,ガスを加熱するための熱交換器が必要になりますが,熱源の自由度は高く,燃焼熱のみならず,太陽熱,核分裂熱,また核融合熱なども利用することが原理的には可能です.この熱源の自由度から,地上民生用のみならず太陽熱や核分裂熱を利用した将来の宇宙機用大推力電気推進機の電源としての利用を目指した研究も現在進められています(3)


図1 クローズドサイクル希ガスMHD単独発電システムの概念図

  図1の発電システムでは総合効率60%以上を目標としています.この実現には希ガスMHD発電機の性能としてエンタルピー抽出率(=発電出力/熱入力)E.E.30%程度,等エントロピー効率I.E.80%以上が要求されます.この要求性能の達成を目指して,東京工業大学の実験的研究を中心に,本国のMHD発電研究者が実験/解析両面からのアプローチで精力的に研究を進めてきました.図2に東京工業大学で行われた希ガスMHD発電機の高性能化実験の成果をまとめたものを示します.東京工業大学では発電時間が数msec程度の衝撃波管駆動MHD発電実験機と1分間程度のブローダウンMHD発電実験装置(Fuji-1)を用いて希ガスMHD発電機の高性能化実験を実施してきました.図2中のDisk-ISHe1と呼ばれるMHD発電機の性能は希ガスMHD発電の研究開発の歴史のなかで特筆すべきものであり,実用化時に要求されるE.E.=31%と世界最高記録であるI.E.=63%程度を同時に達成しています(4)。しかし,I.E.については実用化に要求される値に比べると未だ開きがあり,I.E.の更なる高性能化が最重要研究課題として挙げられています.一方で,MHD発電機にはスケールメリットがあることが知られており,図2中に示されたMHD発電実験機の熱入力は数MW程度,印加磁束密度は3-4T程度と,実機で想定されている1000MW級の熱入力・6-10T程度の印加磁束密度を持つ大型のMHD発電機に比べるとかなり小さなスケールの発電機になっています.それ故,I.E.の向上に向けた取り組みとして,今後も実験室規模の小型希ガスMHD発電実験機を用いてI.E.向上に向けた発電機の形状や運転条件の最適化に関する知見を蓄積すると同時に,電磁流体シミュレーション(図3)により実機スケールでの希ガスMHD発電機の性能予測を進めることが実用化までのロードマップを示す上で有益であると考え,私の所属する筑波大プラズマ電磁流体工学研究室ではその性能予測解析を現在進めているところです.


図2 東工大で行われた希ガスMHD発電高性能化実験


図3 電磁流体シミュレーションから捕らえた希ガスMHD発電機内の
電子温度の3次元構造

 

3.MHD技術を応用した惑星大気突入機の能動的熱防御法-MHD Flow Control

 宇宙往還機や惑星探査機などが大気圏に突入する際の将来型の熱防御技術の一つとして,MHD Flow Controlが提案されています.地球再突入機のみならず惑星探査機の大気突入フェーズ時には,機体前方に発生する強い離脱衝撃波の発生に起因して,その背後(衝撃層内)の流れはプラズマ状態にあります。MHD Flow Control(図4)では,機体内に搭載した磁石を用いてそのプラズマ流れに磁界を印加し,誘導電流を発生させます.この電流と印加磁場の相互作用で生じるローレンツ力で衝撃波を前方に押し出し(衝撃層拡大効果,図5),壁面近傍の温度勾配を減少させ,壁面熱流束を緩和させるというのがMHD Flow Controlの基本的なアイデアです.また,ローレンツの反作用力が機体内部の磁石に作用し,機体の抗力が増すという効果(MHD パラシュート)も得られます.このMHDパラシュート効果を大気密度の薄い高々度から積極的に利用することで,熱的に厳しくなる低高度域の飛行速度を落とすことができ,突入飛行時の壁面熱流束のピーク値を抑えることが可能であると期待されています.


図4 MHD Flow Controlの概念図


図5 MHD Flow Controlにに伴う衝撃層の拡大現象(電磁流体シミュレーション)

 図6に,低周回軌道地からの地球再突入を想定した条件で,機体壁澱み点での熱流束に及ぼすMHD Flow Controlの効果を電磁流体解析から調べた結果(5)について示します.同図から磁界を印加することで壁面熱流束は低減し,またその低減量は磁界が強いほど増加することがわかります.このMHD Flow Controlによる壁面熱流束の緩和は,衝撃層の拡大効果と飛行速度の減速効果の両方によってもたらされますが,高々度では衝撃層拡大効果が主な要因であり,一方,低高度では飛行速度の減速効果が主な要因であることが解析結果から示されました.また,MHD Flow Controlにより飛行速度が低下すると飛行時間は長くなりますが,図6が得られた再突入条件では,熱流束を壁面全体で積分し,その値を飛行時間で積分して求めた総加熱量も磁界を印加しない場合に比べて実質的に抑えられることが解析結果から示されました.


図6 再突入時のMHD Flow Controlによる熱防御法の有効性評価
(電磁流体シミュレーション)

 これまでに国内外で進められてきたMHD Flow Controlの研究は,衝撃波管やプラズマ風洞を利用した地上実験や簡易な2次元電磁流体モデルによる電磁流体解析により,MHD Flow Controlのアイデアを実証することを目的とした極めて萌芽的な研究段階にありました.しかし,最近になって,宇宙航空研究開発機構の安部先生や岡山大学の永田先生らの研究グループ(6)(7)により観測ロケットを用いた実再突入飛行環境下においてMHD Flow Controlの有効性を調べるための準備も進められており,その実施が期待されております.また,数値シミュレーションによる最近の国内外の研究では,スパコンなどの大規模並列計算機を利用して,高度なプラズマ電磁流体モデルの下,ホール効果等を介した3次元的な電磁流体場を扱った上で,より現実的な飛行環境下でMHD Flow Controlの有効性を議論する段階になりつつあります.

 

4.まとめ

 ここでは,MHD技術の応用研究の一例として,エネルギー工学分野からは希ガスを用いたMHD発電について,航空宇宙分野からはMHD Flow Controlについて簡単に紹介致しました.この技術の進展のために流体力学をご専門とされる皆様からご指導,ご鞭撻を頂ければ幸いです.最後に,2015年度年次大会で講演を行うにあたり,東京工業大学の奥野喜裕先生,龍谷大学の大津広敬先生,岡山大学の永田靖典先生から資料をご提供頂きました.ここに感謝の意を表します.

 

参考文献

(1) 電気学会MHD技術応用調査専門委員会編「MHD技術応用」,電気学会技術報告第1284号(2013)
(2) 奥野喜裕,吉川邦夫,岡村哲至,山岬裕之,椛島成治,塩田進,“高効率CCMHD単独発電システムの提案”,電気学会学会論文誌B,Vol. 118, No. 12 (1998), pp. 1457-1462.
(3) R. J. Litchford and N. Harada, “Multi-MW Closed Cycle MHD Nuclear Space Power Via Nonequilibrium He/Xe Working Plasma”, Proc. Of Nuclear and Emerging Tech. for Space 2011, Paper No. 3349, 2011.
(4) T. Murakami, Y. Okuno, and H. Yamasaki, “Achievement of the Highest Performance of a CCMHD Generator: An Isentropic Efficiency of 63% and an Enthalpy Extraction Ratio of 31%”, IEEE Trans. Plasma Sci., 32, pp. 1886-1892, 2004.
(5) T. Fujino, T. Yoshino, and M. Ishikawa, “Numerical Analysis of Reentry Trajectory Coupled with MHD Flow Control,” Journal of Spacecraft and Rockets, Vol. 45, No. 5, pp. 911-920, 2008.
(6) T. Abe: “Feasibility Study of Flight Experiment for Electrodynamic Heatshield Technology”, Acta Astronautica, Vol.66, Issues.5-6, pp. 929-936, 2010.
(7) 永田靖典,山田宗平,山田和彦,安部隆士,「弱電離プラズマ流制御技術の実証に向けた強磁場源の開発と運用について」,宇宙航空研究開発機構特別資料-第46回流体力学講演会/第32回航空宇宙数値シミュレーション技術シンポジウム論文集,JAXA-SP-14-010, pp. 57-62, 2015.
更新日:2015.12.15