流れ 2026年3月号 目次
― 特集テーマ:第11回日韓熱流体工学会議(TFEC11) ―
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基礎燃焼研究に基づくノッキング予測
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| 丸田 薫, 森井雄飛 東北大学 |
本講演は,火花点火機関におけるノッキングを基礎燃焼学的な観点から原理原則的に予測することを目指し,DNS・理論・エンジン試験を組み合わせた,次元縮約型のノッキング解析手法とでも呼ぶべき枠組をまとめたものである。
2次元DNS
ノッキングは,圧縮や火炎伝播に伴って未燃混合気の温度・圧力が上昇し,最終的に自着火に至る現象である.実際にエンジン内のノッキングは,燃焼室形状,乱流,サイクル変動などが絡み合う本質的に3次元の現象であり,そのままの形でDNSを実施することは現状,ほぼ不可能である。世界的に見てもノックに関するDNSは3次元かつ微小領域を対象に,計算量低減の観点からノック直前からの短時間(〜1 ms)のみを扱うものがほとんどであり,実験と直接・定量比較された例はない(LESによる全体像把握の例はあるが,火炎と着火が連成するノッキングを正確に取り扱えるモデルは存在しないため,ノック定量予測は原理的に困難である).一方,本枠組では,2次元的な定容器実験 1(14×14×80mm),対象燃料(ヘプタン)の反応を高精度に再現する化学反応機構 2(SIP事業で開発),さらに通常のVODEに比べ数十倍高速な森井による反応流体計算アルゴリズム 3 という三つの要素を揃えることが出来,ノック現象を段階的に次元縮約していくことが可能となった.2次元DNSは三ヶ月を要したが,実験を定量的に再現 4(論文のサプリメンタル動画:https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0010218020304387-mmc1.mp4),結果として次元縮約型ノック解析という本枠組の起点となっている。
ETD理論と1次元DNS
2次元DNSの結果を分析したところ反応帯前面は,容器内を伝播して最終的にノックに至るまで,基本的に顕著に予熱された予混合火炎であり,高温条件で(いわゆる)予熱帯における化学反応が強くなった結果,全域にわたる自着火に遷移していた。このことは一見自明に見えるが,ノッキング現象を着火から最後まで,実験検証を伴う形で一切の仮定なく再現した例は他にない。図1 5 は実験を定量再現した2次元DNSにおける現象の時間進行を p–T 線図上に描いたものである。さらに図中には,予混合火炎の初期温度を極端に高い範囲まで上昇させた場合を想定し,支配方程式に立ち返った考察の結果見いだした,初期温度の上限温度境界を書き込んでいる(この境界を越えた場合「必ず」起こる,火炎から全域自着火への遷移を Explosive Transition of Deflagration(ETD)と命名した)。この遷移が 2次元DNS によるノッキング開始と完全に一致したことから,「混合気組成が与えられれば,ノックが始まる温度は原理的にあらかじめ決まる」という見方に至っている。これにより従来の着火遅れ積分・経験式中心の考え方とは異なり,混合気内を伝播する反応波の振る舞いという一般化された視点からノックを整理し直すことになる。

Fig. 1. Temperature and pressure trajectory of unburned mixture in the 2D DNS[23], shown with the flame existence limit [25]. The red line, labeled as the “Explosive transition boundary,” represents the upper temperature limit for flame existence determined from 1D planar premixed flame simulations. The start of 2D DNS and the timings of the cool flame ignition (CFI) and the knock onset are also shown.
混合気に対して原理的に導出されるノック開始条件(圧力と温度)が,1次元DNSで同定できることを利して,PRF80,90,100 を対象としたDNS を実施し,ETD と共に示した結果を図2 6 に示す。PRF80,90,100 の順にノック開始が遅れ,ノック開始時の温度・圧力が高くなる RON 依存性が得られている。各燃料について,1次元DNS から得られたノック開始温度が対応する ETD 開始温度より 80〜90 K 低温側に位置しており,「ETD が安定火炎伝播の上限を与え,その少し手前で実際のノックが現れる」という現象が示されている。以上のように,本枠組は,2D/1D DNS と ETD 理論を核とした次元縮約型のノック解析手法として整理できる。

(a)Temperature

(b)Pressure
Fig. 2. (a) Temperature and (b) pressure history for the case of PRF80, PRF90, and PRF100. The star symbols indicate knock onset timings, and the cross symbols indicate ETD onset temperatures.
エンジン試験
続いてこの枠組が「実機でどこまで通用するか」について ENEOS との共同研究により検証した。CFR エンジンを用いPRF80,90,100 の 3 種の燃料に対し約 200 サイクル分の筒内圧履歴を取得し,バンドパスフィルタと圧力微分による共通の判定法でノック開始点を抽出し,吸気弁閉時からノック開始点までの未燃ガス圧力・温度履歴を再構成した。理論空燃比条件で三種の燃料を用いた試験が,試験時の圧縮比の違いにもかかわらず,ノック開始温度 1060〜1200 K 程度の狭い範囲に分布し,RON 増加とともにわずかに高温側へシフトする一方,圧力は RON に応じて大きく変化する結果が得られた(図3 7 )。これは,「ある臨界温度・圧力条件への到達がノック開始を決める」という上述のETDの考え方と整合しており,エンジン側から見た温度–圧力限界として解釈できる。CFR エンジン試験により,この次元縮約型の見方が実機条件下でも妥当であることが,一定程度確認されたと考えている。直近,ETD境界への流れの影響も明らかとなった 8.今後は,別のエンジン,異種燃料において、この枠組の普遍性検証をすすめる予定である。

Figure 3. Comparison of knock onset conditions from 1D DNS and CFR engine tests in pressure-temperature (P-T) diagrams, focuses on the knock onset points. The knock onset conditions from 1D DNS are indicated by star symbols, while those from CFR engine tests are shown as circle symbols.

