流れ 2026年3月号 目次
― 特集テーマ:第11回日韓熱流体工学会議(TFEC11) ―
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ミニチャネルにおける傾斜流下液膜の安定性に及ぼす側壁高さの影響
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| 柗井 省吾 横浜国立大学 |
Georg F. Dietze Université Paris-Saclay, CNRS, FAST |
西野 耕一 横浜国立大学 |
石村 美紗 横浜国立大学 |
令和7年10月に開催された第11回日韓熱流体工学会議において若手優秀講演フェロー賞をいただいた.この場をお借りし,選考委員会並びに流体工学部門の関係各位に感謝申し上げる.本報では,講演発表内容を紹介する.なお,本研究はJSPS科研費(JP25K17539)の援助のもと行った.
1. 緒言
流下液膜を利用した気液熱・物質交換 (1) を促進する手段としてKapitza長波長不安定性 (2) により引き起こされる表面波が知られている (3).近年は製造費用や表面積対体積比率の向上を理由に,流路の小型化が注目されている.
しかし,小型化に伴い側壁の影響が無視できなくなる.複数の先行研究により,流路幅が小さくなると流れが安定化することは明らかになっている (4),(5).また,側壁での濡れ上がりも安定化の作用を持つ.濡れ上がり高さは液体の物性値と傾斜角,固体壁との接触角を用いて定式化できる.Pollakら (6) により幅170 mmのチャネルの側壁で理論値と一致する濡れ上がりが発生したときの臨界レイノルズ数は実験的に調べられている.
本研究はチャネル幅を10 mmにまで縮小したうえで,流路小型化の設計要件として側壁高さが制限されうる状況に注目した.側壁高さが理論的な濡れ上がり高さに満たない場合,液体の濡れ上がりは側壁角部で物理的に制限される.この条件下における基底状態の界面形状,そして液膜流の安定性への影響は明らかにされていない.
2. 実験方法
Fig. 1は傾斜流下液膜の模式図である.

Fig. 1 Falling liquid film on an inclined plane: (a) side view (b) cross-sectional view.
本研究の試験流体は22 ℃の純水である.チャネルの傾斜角は, 側壁幅は
mmで共通であり側壁高さ
は0.5, 0.7, 1 mmである.液膜は
軸正の方向に流下し,表面波が生じる.このとき,膜厚
は基底流の膜厚
と微小な擾乱
との足し合わせとなる.流量は
ml/min, 液体レイノルズ数は
である.
実験装置の概要図をFig. 2に示す.マスフローコントローラで供給された液体は流入直前でスピーカによる擾乱を与えられた.チャネル内を流下する液膜流の膜厚は共焦点センサを用いて計測した.共焦点センサは二台のリニアガイドに搭載され,流れ方向,幅方向に高精度の移動を可能とした.

Fig. 2 Schematic overview of the experimental setup.
3. 基底流の界面形状
Fig. 3に幅方向の界面形状に関する実験結果を示す.いずれの側壁高さでも液膜は側壁角部で固定されている.液体流量は mmのチャネルで平らな液膜が得られるように選択したが,実際この条件で液膜に曲率がないことを確認できる.
mmになると濡れ上がりに伴い界面に曲率が発生した.さらに
mmに大きくなると濡れ上がり量と曲率はさらに大きくなった.
Fig. 3 Spanwise profiles of the liquid film obtained by the CCI sensor (symbols) and fitted quadratic functions (lines).
本研究のように液膜を側壁角部で固定すること,つまり側壁高さによって濡れ上がり高さを決定する方法は,チャネルの素材やコーティングによって濡れ性を変えて制御する従来手法とは異なるものである.後者の方法では濡れ上がりを任意の高さに設定することは困難である.また,側壁での粘性抵抗を一律に揃えることは難しい.流れの安定性を論じる観点でも,実際の産業機器で濡れ上がり量をコントロールする観点でも本研究の方法にはメリットがある.
4. 表面波
Fig. 4は mmのチャネルで発生した表面波の流れ方向の成長を共焦点センサを用いて計測した結果である.流路入り口で付与された擾乱と一致する周波数の表面波が下流方向へ成長する様子が見られた.
mm地点までは正弦波形状を保つが,
mm地点では波形がひずみ始める.そして
mm地点ではcapillary波と呼ばれる,主たる波の谷に現れる小さな波が出現し,その個数は下流に行くにつれて増加する.この一連の発達過程はKapitza不安定性に典型的なものである.側壁幅10 mmという小さなチャネルでこのKapitza不安定性による表面波が観測されたのは初めてのことである.
Fig. 4 Streamwise development of surface waves at the channel center ( mm) under an imposed disturbance frequency
Hz. The measurement positions are (a)
mm, (b)
mm, (c)
mm, (d)
mm, and (e)
mm.
本実験で観測された不安定性について,Fig. 4(a)から4(b)のように正弦波形状を保ちつつ振幅が成長する線形発達領域に注目していく.Movie 1は純水にローダミンBを懸濁させ,チャネル底面に対して垂直にレーザーシート光を照射させて得られた液膜断面の表面波の可視化動画である.液膜が幅方向に曲率を持つ場合と持たない場合とを比較しており,上流( mm)では同じ程度の擾乱が下流(
mm)では振幅の成長/減衰に関して全く異なる挙動を見ることができる.
Movie 1 Cross-sectional visualization of the falling liquid film obtained by laser sheet illumination. An aqueous Rhodamine B solution was used as the working fluid. Panels (a) and (b) show results at mm, while panels (c) and (d) correspond to
mm. The channel side-wall height is
mm in (a) and (c), and
mm in (b) and (d).
側壁高さによる擾乱の成長・減衰を定量化するために空間成長率を算出する.Fig. 5は表面波の振幅をログスケールでプロットしたものである.

Fig. 5 Streamwise evolution of the surface wave amplitudes. Different symbols correspond to measurement locations at different spanwise positions. The dashed lines indicate exponential fits to the amplitude growth at each spanwise location, obtained using a common growth rate.
上図より,振幅は一定の傾きを保ち変化していくことがわかる.また,この傾きは異なる幅方向の位置に関わらず共通であることがわかる.この振幅の流れ方向の変化に対して指数関数を近似する.このときの
が振幅変化の傾きに相当し,空間成長率[/mm]と定義する.この空間成長率が大きい程不安定であることを示し,負の値になると初期擾乱は減衰し安定化することを示す.
5. 空間成長率
Fig. 6は,横軸に擾乱周波数,縦軸に空間成長率を示したものである.黒い実線は,幅方向の影響を考慮しない二次元の線形安定性解析 (7)の結果である.実験結果はいずれの側壁高さにおいてもこの理論曲線より小さな空間成長率を示しており,側壁の存在が擾乱の発達を抑制していることが分かる.さらに,側壁高さが増加するにつれて空間成長率は低下している.これらの結果は,Fig. 3で示した濡れ上がりの増大と整合しており,側壁近傍で形成される濡れ上がり形状が流れを安定化させる効果を有することを明確に示している.

Fig. 6 Spatial growth rate as a function of disturbance frequency. The black solid line represents the prediction from two-dimensional linear stability analysis (LSA). Experimental results are shown by red circles ( mm), green squares (
mm), and blue triangles (
mm).
6. 結言
本研究では傾斜流下液膜の安定性に及ぼす側壁高さの影響を調べた.その結果,濡れ上がり高さを側壁高さが物理的に制限する場合,側壁高さによって基底流の幅方向界面形状が決定されることが分かった.側壁高さが0.5 mmのチャネルでは濡れ上がりが発生せず,Kapitza不安定性による表面波が観測された.これは幅10 mmという小さなチャネルで報告される例としては初のものである.さらに,空間成長率を算出することによって二次元の線形安定性解析の結果からの減衰量を定量化することができた.これにより,同一流体,同一流量であっても側壁が高くなるほど流れが安定化することを示すことができた.本研究は流路設計における側壁高さという幾何学的パラメータが液膜流の安定性を制御する有効な設計指標となりえることを示唆するものである.




