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流れ 2026年3月号 目次

― 特集テーマ:第11回日韓熱流体工学会議(TFEC11)  ―

  1. 巻頭言
    (朴,松田,洪)
  2. 基礎燃焼研究に基づくノッキング予測
    丸田 薫,森井 雄飛(東北大学)
  3. 電気トモグラフィー×流体可視化×スタートアップ ~千葉大学発スタートアップ起業と流体工学のこれから~
    李 淞什,武居 昌宏(千葉大学)
  4. スパン方向に位相変化させた主流方向壁面進行波による乱流抵抗低減効果
    大石 恭平(慶應義塾大学),三浦 千里 (慶應義塾大学),難波江 佑介 (東京理科大学), 深潟 康二 (慶應義塾大学)
  5. ミニチャネルにおける傾斜流下液膜の安定性に及ぼす側壁高さの影響
    柗井 省吾(横浜国立大学),Georg F. Dietze(Université Paris-Saclay, CNRS, FAST),西野 耕一(横浜国立大学),石村 美紗(横浜国立大学)
  6. PVAm/PVA複合膜におけるCO2分離のためのReaxFF反応性力場の開発:水によるCO2輸送メカニズムに関する分子論的解明
    冨田 結子,佐藤 康平,杵淵 郁也(東京大学)
  7. 多重噴流の流動特性およびチャンバー内の流れ
    近藤 亜寿香,渕脇 正樹(九州工業大学)
  8. Clark-Y翼における吹出し・吸込み複合制御の実験的検証
    三浦 千里,深潟 康二(慶應義塾大学)

 

PVAm/PVA複合膜におけるCO2分離のためのReaxFF力場の開発:湿潤条件下の透過挙動の分子論的解析

冨田 結子
東京大学
佐藤 康平
東京大学
杵淵 郁也
東京大学

 2025年10月22日から25日に沖縄で開催された第11回日韓流体工学会議において,光栄にも日本機械学会若手優秀講演賞をいただいた.この場を借りて,日本機械学会および選考委員会の皆様に深く御礼を申し上げるとともに,講演発表内容を紹介する.

 温室効果ガス削減を目的として,CO2捕集・分離技術の一つである促進輸送膜への期待が高まっている.ポリビニルアミン/ポリビニルアルコール(PVAm/PVA)複合膜等に代表される固定キャリア型促進輸送膜(1)は(図1a),通常の溶解・拡散機構によるガス分子の輸送に加えて,高分子鎖に固定化されたキャリア分子(NH2基)とCO2の選択的な化学反応による促進輸送が起こるため,優れた透過分離性能を示す.また,PVAm/PVA複合膜は,相対湿度の増加と共にCO2/N2選択性が向上することが知られており(2),これはCO2とNH2基の反応に水が関与することにより,HCO3-が生成され,拡散することによりCO2輸送が促進されるためである.

 しかし,混合ガスの分離過程における化学反応のCO2輸送への寄与は未だに明らかになっていない.これは,実験のみでCO2透過流束から溶解・拡散による輸送と促進輸送の寄与を定量的に切り分けることが困難なこと,また分子スケールでの化学反応過程の解析には第一原理計算などを用いる必要があり,特に反応の時間発展を追跡する動力学シミュレーションは膨大な計算量を要するため,計算コストが非常に高くなることが要因である.

 このような課題を解決するために,本研究ではReaxFF(3)を用いた反応性分子動力学(Molecular Dynamics: MD)法によるアプローチを試みた.ReaxFFは,原子配置に基づいて結合次数を動的に計算することで,原子間の解離・結合過程を記述できる力場である.本研究では,PVAm/PVA複合膜内部の化学反応を再現するReaxFFパラメータセットを,密度汎関数法を用いて学習させることで作成し,CO2透過分離性能の水分含有量の依存性を評価することで,高い透過分離性能を誇るCO2分離膜の合理的な膜設計指針を得ることを目的とする.


Fig. 1  (a) PVAm and PVA polymer structures. (b) A representative snapshot of PVA with a degree of polymerization of 100. Carbon, oxygen, and hydrogen atoms are represented by gray, red, and white, respectively.

2・1 ReaxFFパラメータ最適化
 本研究では,水分子の共存下でのCO2とNH2基との化学反応を再現するため,密度汎関数理論(4)(Density Functional Theory: DFT)計算を実行し,得られた結果をReaxFF力場パラメータ最適化の訓練データとした.気相中における構造最適化及び遷移状態探索はB3LYP/6-311+G**理論レベルでGaussian 16(5)を用いて実施した.反応の遷移状態については,固有反応座標(Intrinsic Reaction Coordinate: IRC)計算により同定し,反応経路全体を明らかにした.また,N-H結合解離エネルギー,O-H結合解離エネルギー,H-O-H変角エネルギーなどの分子内相互作用に関する主要なパラメータを算出し,ReaxFFパラメータ最適化のための学習データを作成した.既存のReaxFF力場パラメータセットでは,本研究が対象とする反応経路を十分な精度で記述できないため,Vashisth (6)らが作成したパラメータセットを初期値として,ReaxFFパラメータセットの開発を行った.最適化プロセスでは分子内エネルギー及び反応経路の特性に着目し,C, O, H, N原子のパラメータを共分散行列適応進化戦略(7)(CMA-ES)によって最適化し,目標とする精度は平均絶対誤差(MAE)5.0 kcal/mol以下とした.

 PVAm/PVA複合膜内部における,CO2促進輸送に対する水分子の役割を評価するために,DFT計算において,反応に直接参加しない水分子(余剰H2O)を反応系の周辺に配置し,反応障壁の変化を調べた.ReaxFFパラメータの最適化では,余剰H2Oの数が異なる複数の系における反応障壁の計算値を同時に学習データに含めることで,MD計算の過程で動的に変動する水分濃度の環境にも対応可能なパラメータセットの構築を図った.具体的には,余剰H2Oが0個の系から4個まで,計5通りのパターンでIRC計算を実行し,各反応過程のエネルギープロファイルを学習データとして使用した.

2・2 分子動力学シミュレーション
 前節で構築したReaxFF力場の妥当性を評価するためLAMMPS(8)を用いて,非反応性力場と反応性力場によるシミュレーション結果とを比較し,PVAm/PVA複合膜の密度や動径分布関数などの構造特性を検証した.初期構造の作成には,GAFF2(9)を採用した.重合度100のPVA分子単一成分のシステムを作成した(図1b).密度は1.14 g/cm3となり,実験値(11)との良い一致を示した.得られた構造を初期配置として,ReaxFF力場によりさらなるMDシミュレーションを実施した.

  メタダイナミクス計算にはPLUMED(10)ライブラリを使用した.CO2の化学吸着過程を効率的に誘起するため,反応に関わる原子距離を集団変数として選択し,二次ポテンシャルと引力を付与することで,系が目的とする反応経路の近傍を探索できるようにした.また,PVAm鎖上の他のNH2基における望ましくない反応を回避するため,PLUMEDを用いてこれらの反応を制御・抑制した.すべてのシミュレーションはNosé-Hoover熱浴を用いてNVTアンサンブルで300 Kで計算した.総計算時間は1.0 nsで,時間積分には0.25 fsの刻み幅を適用した.

3. 結果と考察

 IRC計算による詳細な反応経路解析の解析を行った結果,余剰H2Oが存在しない場合の反応の活性化エネルギーは21.0 kcal/molであることが明らかになった.開発した力場におけるバルク相密度は1.21 g/cm3で,実験値(11)(1.19 g/cm3)と良く一致した.分子内相互作用についてはMAEが2.9 kcal/molとなり(図2),最適化前の13.5 kcal/molと比べて改善した.また反応経路に沿ったエネルギー変化については2.2 kcal/molのMAEを実現した.

 図3に示すように,GAFF2によるRDFと比較したところ,開発したReaxFF力場は全原子について優れた一致を示した(図3a). また,部分的なRDFについても,最適化前と比較して改善がみられた(図3b-f)

 図4に示すように,最適化後のReaxFF力場は,余剰H2O分子数が0から4個まで変化させた各条件によるDFT計算の反応経路エネルギーを良く再現した.青線で示された初期パラメータセットと比較すると,大幅な精度向上が確認できた.

 図5に,2.1 節で実施した余剰H2Oの違いが反応障壁に及ぼす影響を示した.余剰H2Oの増加に伴い,反応障壁は余剰H2Oがない場合(21.0 kcal/mol)と比べて,余剰H2Oが1個の場合が14.7 kcal/molで,余剰H2Oが4個になると4.8 kcal/molまで低下した.さらに,余剰H2Oが1-3個の条件では,反応物が生成物と比べてエネルギー的に安定であるのに対し,余剰H2Oが4個の場合には,生成物がエネルギー的に安定であることが明らかになった.この結果は,実験的に観測される水分子増加に伴うCO2透過性の向上が,HCO3-の構造の安定性と密接に関係していることを示唆している.図6は,1.0 nsメタダイナミクスシミュレーション中に観察された反応生成物のスナップショットである.IRC計算結果と同様に,HCO3-などの生成物が観察でき,計算期間を通じて分子構造の崩壊は認められなかった.


Fig. 2  Comparison of the intramolecular interactions computed by the ReaxFF and DFT for 4000 configurations of PVA with a degree of polymerization of 5.


Fig. 3   Radial distribution functions of (a) all atoms (b) C atoms on polymer chains, (c) terminal H atoms, (d) O atoms, (e) H atoms on polymer chains, and (f) H atoms bonded to O atoms.


Fig. 4   Energy profiles along the reaction pathway calculated by new ReaxFF, original ReaxFF, and DFT with (a) no excess H2O, (b) 1 excess H2O, (c) 2 excess H2O , (d) 3 excess H2O , and (e) 4 excess H2O.


Fig. 5   A representative snapshot of reaction pathways with (a) 1 excess H2O, (b) 2 excess H2O , (c) 3 excess H2O , and (d) 4 excess H2O.


Fig. 6   A representative snapshot of reaction pathways: (a) H2O + CO2 + R-NH2, (b) HCO3- + R-NH3+. Carbon, oxygen, nitrogen and hydrogen atoms are represented by gray, red, blue, and white, respectively.

4. 結言

 本研究では,PVAm/PVA複合膜における水分子共存下でのCO2分離過程を解明するため,ReaxFF反応力場パラメータセットを構築した.開発にあたっては,DFTに基づく訓練データの作成と,構造物性及び反応経路を対象とした最適化戦略を採用した.また,メタダイナミクスシミュレーションにより,HCO3-形成が確認された.

 本研究により開発されたReaxFF力場パラメータセットは,CO2分離膜の合理的な設計と性能向上のための信頼性の高い計算基盤を提供するものであり,今後のCO2捕集技術の革新的進歩に貢献することが期待される.

文献

(1) Tong, Z. and Ho, W. S. W., "Facilitated transport membranes for CO2 separation and capture", Sep. Sci. Technol., 52(2), pp. 156-167, (2017).
(2) Deng, L. and Hägg, M. B., "Swelling behavior and gas permeation performance of PVAm/PVA blend FSC membrane", J. Memb. Sci. 363(1-2), pp. 295-301, (2010).
(3) van Duin, A. C. T., Dasgupta, S., Lorant, F., Goddard, W. A., "ReaxFF: A Reactive Force Field for Hydrocarbons", J. Phys. Chem. A. 105(41), pp. 9396-9409, (2001).
(4) Kohn, W., Becke, A. D., Parr, R. G., "Density Functional Theory of Electronic Structure", J. Phys. Chem. 100(31), pp. 12974-12980, (1996).
(5) Frisch, M. J., Gaussian 16, revision B.01; Gaussian Inc: Wallingford, CT, (2016).
(6) Vashisth, A., Ashraf, C., Zhang, W., Bakis, C. E, and van Duin, A. C. T., "Accelerated ReaxFF Simulations for Describing the Reactive Cross-Linking of Polymers", J. Phys. Chem. A.,122(32), pp. 6633-6642, (2018).
(7) Hansen., N. The CMA Evolution Strategy: A Comparing Review, Springer Berlin Heidelberg, Berline, 2006; pp. 75-102.
(8) Thompson, A. P. et al., "LAMMPS – a flexible simulation tool for particle-based materials modeling at the atomic, meso, and continuum scales", Comp. Phys. Comm, 271(10817), pp. 1-34, (2022).
(9) Wang, J., Wolf, R. M., Caldwell, J. W., Kollman, P. A., Case, D. A., "Development and testing of a general amber force field", J. Comput. Chem, 25(9), pp. 1157-1174, (2004).
(10) Tribello, G. A., Bonomi, M., Branduardi, D., Camilloni, C., Bussi, G., "PLUMED 2: New Feathers for an old bird", Comput. Phys. Commun. 185(2), pp. 604-613, (2014).
(11) Sugumaran, S., Bellan, C. S., Nadimuthu, M., "Characterization of composite PVA-Al2O3 thin films prepared by dip coating method", Iran. Polym. J., 24, pp. 63-74, (2015).
更新日:2026.3.20